こんにちは、マーケティング部の松井です。

以前に企画設計部:酒井さんの記事で委員会活動について皆さまにご報告しました。
かくいう私も「企業イメージ向上委員会」に所属させていただいておりますが、
その活動の一環として、さる11月20日(火)に、同委員会一同+有志メンバーの計11名で
災害復興ボランティアに行ってまいりました。

 

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目的地は岡山県倉敷市真備町。
皆さまの記憶にも新しいと思いますが、7月の豪雨災害で広範囲が浸水した地域です。
真備のおよそ1/4が浸水したとのことで、死傷者もありました。

敷島住宅は、以前に岡山県に支店を構えていたことがありました。
そこで、所縁ある岡山県へとボランティアに伺うことにしたのです。

 

出発~現地へ

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夜明け前※イメージ図

 

一同が集合したのは、夜も明けきらぬ時間でした。
3台の車に分かれて、京都/滋賀の各支店からそれぞれ目的地へと出発しました。
岡山県までは片道3時間少々の旅路です。

 

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敷島住宅のロゴ入り車。当日は大活躍でした(写真は夜明け直後にSAで撮影)

 

道中では適宜休憩を取り、運転を交代しながら向かいました。
私は滋賀からの出発でしたが、高速道路の途中で、まさかの京都出発組と合流。
あの広い高速道路で何の連絡も取り合わずに、京都組と合流できるとは思いませんでした。
あれは、ちょっとした奇跡だったかもしれません(その後SAで改めて合流しました)

 

到着

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午前9時半頃、真備町に到着です。
まずはボランティア受付場所へと向かいます。

 

その道中、堤防の決壊した小田川の横を通りました。

川幅は広く、河川敷にはバーベキューなんかができそうな開けた場所もあり、流れものどかで、
最初は(氾濫したのは)この川なの?とさえ思えたほどです。
滋賀県民なら「野洲川のような印象の川」と言えばピンとくるでしょうか。
この川が氾濫したとはとても信じられませんでした。

 

さて、受付場所に着いて、更に信じられない話を聞きました。
ボランティア受付場所は倉敷市真備健康福祉館 まびいきいきプラザというところだったのですが
そのあたりは、4メートル以上の水位にまで達したそうです。

すぐ近くを「井原鉄道井原線」が走っているのですが、その高架が確か4メートルほどだったので、
線路が沈むかどうか、というところまで水が迫っていたことになります。

 

準備、活動開始

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現場監督も愛用する作業車なら、荷物も大量に詰め込めます

 

事前に準備していたものに加え、受付場所でいくつか備品をお借りして、現場へ。

現地に到着する前、私は
「災害が起こったのが7月だから、もうほとんど復興してるのかもしれない」
「何か手伝えることがあるんだろうか」
と思っていました。

ですが、伺った地域では復興は進んでいませんでした。

 

受付場所から最初のお宅までの僅かな距離の中、
恐らく災害後から手付かずのままの家を、いくつもいくつも見かけました。

泥が入り込んで汚れたままの家、
窓ガラスが割れたまま放置されている家、
辛うじて中を解体したものの、そこから何も手を付けていないだろう家、
閉店せざるを得なかっただろう小さなお店、
それらのほとんどが外壁や窓ガラスに泥の跡がついたまま、清掃もされていませんでした。

もちろんそんな状態では住めませんから、住んでいた方も家を離れられているようです。
(近くのマンションに移られた方もいるとお伺いしました)
崩壊の恐れからか、立ち入り禁止になっている住まいもありました。
まるで廃墟のような街並みの中に、ぽつりぽつりと真新しい家が建ち始めていました。
営業を再開しているお店もありました。
完全に解体されて更地になっている場所もありました。
少しずつ復興が進んでいる様子も感じられましたが、
それを上回って災害後からの時間が止まったような気配が強く、言葉が出ませんでした。

 

衝撃は強かったですが、我々はボランティアに来ているのだと思いなおし、早速作業へ。

まず最初にお伺いしたお家では、解体と清掃をお任せいただきました。
水没した部分は骨組みだけにして、壁やタイルや床材を取り払い、
泥の入り込んだお風呂場を清掃し、
庭やポーチ部分も手入れさせていただきました。

 

1軒目に数名を残し、午後からは2軒目のお家へ。
そちらでは、清掃作業を中心に行わせていただきました。

既に解体作業が完了しており、高圧洗浄機で泥を洗い流しておられましたので
その拭き上げや、残る泥の除去作業などをお手伝いしました。

 

作業時間は10時過ぎから始まって16時に完全撤収でしたので、休憩を除けば4時間ほどです。
果たしてどのくらいお役に立てたのか解りません。
色々と作業させていただいたはずなのですが、
骨組みだけの家を見ていると、何だか何もできていないような気もしました。
それでも、少しだけでも、復興のお手伝いになっていたのなら幸いです。

 

撤収時、1軒目のお家の持ち主である奥様から
「ありがとう、お世話になりました」
とお声をいただいたのですが
「こっちが“ありがとう”やんなぁ」
と言ったメンバーの呟きが印象に残っています。

 

まとめ

一口に「現場」と言っては乱暴ですが、災害の現場であり、復興の現場でもある、
そこに立ち会えたことは、我々一同にとっても非常に大きな学びがありました。

復興の進んでいる地域もあると思いますが、
進んでいない、行き届いていない場所もあります。
時間はまだまだかかりそうでしたが、少しずつでも完全復興に向けて進んでいくよう
出来ることからお手伝いさせていただきたいと感じました。

たった一日、数時間だけのボランティア活動でしたが
この経験をずっと忘れないでおきたいと思います。
真備町でお世話になった皆さま、本当にありがとうございました。

 
 

そして委員会メンバーの皆さん&有志の皆さんも、お疲れ様でした。
無事故・無違反で現地まで往復できたことが一番安心できました。
今後も頑張っていきましょう!

 

ではまたー(*’v’*)ノ